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2024.2.15

マンション標準管理委託契約書の改訂とカスタマーハラスメント

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管理委託

マンション標準管理委託契約書の改訂とカスタマーハラスメント

1.マンション標準管理委託契約書の改訂

 カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」という)をなくそうという社会的要請などを受けて、マンション標準管理委託契約書(以下「標準契約書」という。)の改訂がされた。検討を行った国交省の委員会では、管理組合団体から「マンション管理業者の従業員から顧客に対するハラスメントもある」という意見もあった。確かにそういう場面もあるだろう。そのため、標準契約書の条文は甲(管理組合)と乙(管理会社)の立場は対等になっている。

2.第8条 管理事務の指示

 具体的な管理委託契約書の条文を見てみよう。カスハラ条項と言われているのは次の第8条と第12条文だ。それぞれの条文とそれに対応するコメントを紹介する。



(管理事務の指示)
第8条 本契約に基づく甲の乙に対する管理事務に関する指示については、法令の定めに基づく場合を除き、甲の管理者等又は甲の指定する甲の役員が乙の使用人その他の従業者(以下「使用人等」という。)のうち乙が指定した者に対して行うものとする。
 

コメント8 第8条関係
① 本条は、カスタマーハラスメントを未然に防止する観点から、管理組合が管理業者に対して管理事務に関する指示を行う場合には、管理組合が指定した者以外から行わないことを定めたものであるが、組合員等が管理業者の使用人その他の従業者(以下「使用人等」という。)に対して行う情報の伝達、相談や要望(管理業者がカスタマーセンター等を設置している場合に行うものを含む。)を妨げるものではない。また、「法令の定め」とは、建物の区分所有等に関する法律(昭和37年法律第69号。以下「区分所有法」という。)第34条第3項に規定する集会の招集請求などが想定される。なお「管理者等」とは、適正化法第2条第4号に定める管理者等をいう。(以下同じ。)
② 管理組合又は管理業者は、本条に基づき指定する者について、あらかじめ相手方に書面で通知することが望ましい。
 

 第8条は、簡単に言うと、特定の区分所有者がフロント担当者を執拗に攻撃することを防止するために「業務上の連絡をする場合は、連絡する人、連絡を受ける人をあらかじめ決めておきましょう」ということだ。
 例えば、理事会の運営に関する内容を連絡する時は、相手方をフロント担当者と決めておく。緊急対応が必要なら、コールセンターと決めておく。相手方を明らかにすることにより、指定されていない者の指示を断ることができるようにしたものだ。
 また、管理組合側も、理事会資料に関することを指示する時は理事長から、月次報告書に関することは会計担当理事から管理会社に指示をするというように決めておく。こうすることで、特定の区分所有者からのハラスメント行為を防止することができる。

2.第12条 有害行為の中止要求

 第12条も「カスハラ条項」と呼ばれている。この条文では、特定の区分所有者や占有者(賃借人など)がカスハラ行為をしたときは、管理会社はその行為の中止を求めることができ、かつ、管理組合に対して報告すること、報告を受けた管理組合はカスハラに対して必要な措置を講じなればならない、というものだ。
 さらに、マンション管理におけるカスハラとはどのような行為を指すのかという具体例が示されている。



(有害行為の中止要求)
第12条 乙は、管理事務を行うため必要なときは、甲の組合員及びその所有する専有部分の占有者(以下「組合員等」という。)に対し、甲に代わって、次の各号に掲げる行為の中止を求めることができる。
一 法令、管理規約、使用細則又は総会決議等に違反する行為
(中略)
四 管理事務の適正な遂行に著しく有害な行為(カスタマーハラスメントに該当する行為を含む)
五 組合員の共同の利益に反する行為
六 前各号に掲げるもののほか、共同生活秩序を乱す行為
2 前項の規定に基づき、乙が組合員等に行為の中止を求めた場合は、速やかに、その旨を甲に報告することとする。
(中略)
5 甲は、前項の場合において、第1項第4号に該当する行為については、その是正のために必要な措置を講じるよう努めなければならない。
 

2 第12条関係
① いわゆるカスタマーハラスメントは、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と定義されており(「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(厚生労働省))、これは第1項第4号の「管理事務の適正な遂行に著しく有害な行為」に該当し、組合員等が、管理業者の使用人等に対し、本契約に定めのない行為や法令、管理規約、使用細則又は総会決議等(以下「法令等」という。)に違反する行為を強要すること、侮辱や人格を否定する発言をすること、文書の掲示や投函、インターネットへの投稿等による誹謗中傷を行うこと、執拗なつきまといや長時間の拘束を行うこと、執拗な架電、文書等による連絡を行うこと、緊急でないにもかかわらず休日や深夜に呼び出しを行うことなどが含まれる。なお、管理組合の役員も管理組合の組合員であるため、当然に本条の「組合員等」に含まれることに留意すること。また、カスタマーハラスメントが発生した場合又は疑われる場合には、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を参考とし、企業として毅然と対応すること。
② 管理業者は、報告の対象となる行為や頻度等について、あらかじめ管理組合と協議しておくことが望ましい。
③ 第5項は、カスタマーハラスメントが組合員等と管理業者の使用人等との間で起こり、その是正が必ずしも共同の利益とみなされない場合があることから、管理組合に是正に向けた特段の配慮を求めるために定めたものである。
 


 

 カスハラは管理会社のフロント担当者と特定の区分所有者の間で、メールや電話、対面で行われることが多い。一方、その周囲にいるはずの関係者は「関りたくない」「管理会社と〇〇さんの間の話であるので、当事者間で話し合って解決してください」というように、問題から一定の距離を置くことがあった。こうした周囲の無関心は、カスハラ行為を助長しかねない。第12条によって、今後は管理組合も特定の区分所有者を「自分ごと」にしなければならなくなったのである。

3.削除された解除条項

 最終的に公表された標準管理委託契約書からは削除されているが、国土交通省の検討会の段階では、「解除条項」にもカスハラに関する条文を挿入することが検討されていた。
検討会の資料として国土交通省のHPにも掲載されているので参考にしてほしい。
 削除された条文は次のようなものであった(下線部分)。
カスタマーハラスメント行為がやまない場合は、管理会社が契約を解除できるという非常に強硬な条文である。



(契約の解除)
第20条 甲又は乙は、その相手方が、本契約に定められた義務の履行を怠った場合は、相当の期間を定めてその履行を催告し、相手方が当該期間内に、その義務を履行しないときは、本契約を解除することができる。この場合、甲又は乙は、その相手方に対し、損害賠償を請求することができる。
2 甲又は乙の一方について、次の各号のいずれかに該当したときは、その相手方は、何らの催告を要せずして、本契約を解除することができる。
一 乙が、銀行の取引を停止されたとき
(中略)
3 乙は、組合員等が管理事務の適正な遂行に著しく有害な行為を繰り返して行う、乙が当該行為を行わないように要請したにもかかわらず、乙が是正のための措置を講じないときは、本契約を解除することができる。
 
コメント 第19条関係
②第3項で規定する「管理事務の適正な遂行に著しく有害な行為」とは、組合員等が緊急でないにも関わらず、管理業者の従業員等に対し休日や深夜に呼び出し等を行うことである。
 

 たとえ、この解除条文があったとしても、カスタマーハラスメントを理由として管理会社が管理組合との間の管理委託契約を解約しようとするときは、すでに契約書にある「3か月前の解約予告」をし、契約を終了するであろう。
 管理会社が管理委託契約を解約すると、管理組合は次の管理会社を探す必要が出てくる。次の管理会社を選定し、引継ぎを行うには最短でも3か月はかかる。管理会社が「明日で契約を解除します!」ということになると、清掃員が来ない、行政の指定場所にゴミが搬出されない、電気代等の費用が期限までに支払いがされず、最悪の場合は共用部分への電気の供給が止まる、そして法定点検の期日が到来しても点検がされなければ、違法状態の建物になってしまう。こうしたことから、管理会社が解約までの期間なく契約を解除してしまうと、カスハラ加害者だけでなく、その周囲の区分所有者が巻き込まれるのである。
 管理会社にとっても、関係のない人が困るような状況に陥るのは不本意だ。こうした影響の大きさから、カスハラを理由とする解除条項の挿入は見送られたと考えられる。
 一方、カスハラに対して毅然とした態度を示すために、たとえこの条文を用いて解除することがなかったとしても、抑止力としてこの条文を入れるべきとする考え方もあった。
 こうした条文が検討されたほどに、カスハラ防止に対する強い姿勢があったということを記憶しておきたい。

4.これからのカスハラ対策

 標準管理委託契約書はいわゆる「ひな型」であるから、これから各マンションにおいて管理会社との間で契約の締結がされる時に、標準管理委託契約書の条文に基づいた協議がされるであろう。ただし、この条文があるからといって、カスタマーハラスメントがすぐになくなるわけではない。
 目指すべきゴールは、管理会社と管理組合が協力してより良い住環境を一緒に作るという点にある。管理委託契約の締結の際に、カスハラについても、ともに話し合うことがゴールへの近道であろう。

この記事の執筆者

久保 依子

マンション管理士、防災士。株式会社リクルートコスモス(現株式会社コスモスイニシア)での新築マンション販売、不動産仲介業を経て、大和ライフネクストへ転籍。マンション事業本部事業推進部長として主にコンプライアンス部門を統括する傍ら、一般社団法人マンション管理業協会業務法制委員会委員を務める。

久保 依子

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