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2021.2.1

長期修繕計画は本当に正しく活用されている?

長期修繕計画

長期修繕計画は本当に正しく活用されている?

この20年程度で“長期修繕計画”(以下、“長計”という)というコトバはすでに世の中に浸透している。マンションにお住まいの方だけでなく、購入を検討されている方も、大概の人が聞いたことのあるコトバになってきたのは事実だろう。
しかし、“長計”を耳にし、または実際に手に取って見たことがあったとしても、何のためのもので、どのように使うものなのかを正しく理解し活用できているかは、いささか疑問だ。

「“長計”を正しく活用する」とは?

“長計”を一言で解説するなら、「将来の修繕工事の費用を予め計画し、修繕積立金をいつまでに、どれぐらい準備しておけばよいのかを考えるためのツール」となる。

“正しく活用する”を説明するとなるとストーリー性を持たせて説明しないと難しいかもしれない。例えば、こんなことではなかろうか。
計画修繕工事のタイミングがやってきたとしよう。とはいえ、理事会が勝手に修繕積立金を取り崩し工事を進めるわけにはいかない。区分所有者全員のお金なのだから取り崩すには、理由などを全員に向けて説明し総会で承認を取ることになる。それが、説明責任を果たすということになる。具体的には、工事の必要性はもとより、工事会社の信頼度・発注金額の妥当性、施工方法や安全面の検証などについて説明が必要だろう。
しかし、これ以外にも、しっかり説明しておくべき大切なことがある。

20年・30年の長期のローンでマイホームを手に入れた方や“終の棲家”として末永く暮らし続けようと心に決めている方も多い。そもそも計画修繕は、長く快適に暮らし続けられるために実施するわけなのだが、さらに先の将来に発生する計画修繕などの費用や資金に目を向けることなく、単に「予定の時期が来たから計画修繕工事をしよう」では、本来求められる先々の暮らしについての安心を説明したとはいえないだろう。
修繕積立金を取り崩す以上は、「今回の工事で積立金を取り崩して、将来の建物維持の資金は足りるか」という確認を行い、総会で説明することを忘れてはいけない。
そのために、まずは理事会で中長期の資金の確保状況を確認し、総会でしっかり説明すること。また工事終了後に工事実績を反映させること。この大切な説明と工事履歴のために活用するのが、“長計”というツールなのだ。

こんな論外な話もある。
修繕積立金会計の損益計算書では、充分に資金はあるように見えたが、実は資金繰りが大幅にショートしていた管理費会計に修繕積立金を充当していて、工事はしたもののいざ支払う段階で資金が足りないことに気が付いたという事例だ。直接的な原因は、貸借対照表を確認していなかったということだが、そもそも管理費会計がショートしたからといって2つの会計間で貸し借りが簡単に発生しており、修繕積立金会計と管理費会計の区分経理の原則が無視されていては、元も子もない。
この基本さえも適切に押さえられていないようでは、“長計”を正しく活用しているわけもなく、管理組合の財政破綻へまっしぐらということになる。

“長計”の活用の基本とは?

さて、話を元に戻し、深掘りしていこう。
“長計”は、いつ頃、どのような工事が発生し、どのくらいの費用がかかるのかを建築(建物の外壁や防水など)や設備(給水や排水管、ポンプ、駐車場設備など)といった内容ごとに25年・30年先までシミュレーションを行ったものだ。

もちろん、マンションは、面積や規模、使われている材料も様々で、工事の範囲も異なる。また、どんな改修方法を選択すべきかも一律ではない。そのためマンション固有の情報を集め、工事周期を耐用年数などから設定することになる。もちろん、物価も変動するし、劣化スピードも想定した期間よりも早まったり、遅くなったりと状況も変動する。新たな合理的な改修方法が開発されることもあるだろう。だから、一度作っておけばよいというものではなく、定点的に建物などの現状を把握し、適宜更新をしていくことが必要だ。
いや、この更新こそが、「正しく活用する」ための一歩になるのだ。

マンション管理適正化法が改正され、新たに『管理計画認定制度』が生まれる。認定制度の基準は、まだ正式には発表されてはいないが、しっかりと計画運用され、活用されていくことが求められていくことは間違いないだろう。

マンション総合調査が示す、正しく活用されていない実態とは

“長計”の活用の実態について、下記の3点から確認してみよう。
① 認知度:長期修繕計画は作成されているか
② 運用度:25年以上の長期計画をもとに修繕積立金を設定し、また概ね5年ごとに見直しを行っているか
③ 活用度:工事検討のきっかけとし、また実施した工事内容を計画に反映しているか

国交省の『平成30年度マンション総合調査結果』では、認知度9割、運用度5割弱、活用度は4割という結果だ。
多くのマンションで作成されていて、また認知もされてはいるが、正しく運用され活用されているのは、半分以下という結果だ。持ってはいるが使えていない、いわゆる「宝の持ち腐れ」という管理組合も多いのだ。

同調査では、修繕積立金の不足傾向についても調査している。
3割弱が不足傾向にあると報告されている。“長計”があり将来の数字を過不足を認知してはいるが、修繕積立金の改定ができていないから、「不足傾向」という答えになるのだろう。
数字で確認ができていない場合は、将来不足するかもしれないという漠然とした「不安」が広がることになる。この「不足傾向」と「将来が不安」を合わせると、6割に達する。
「宝の持ち腐れ」ではなく「正しく活用する」とは、“長計”を見直し、将来不足しない修繕積立金を設定していく。いわゆる修繕積立金の改定を行うというところまでが求められるのだ。

“長計”見直すことで得られる、オリジナリティという価値!

活用することを目指すなら、見直しの際の精度が高ければいいという訳ではない。
前述したとおり、“長計”はマンション固有の情報と変動する情報を合わせて活用されていくので、鮮度も大切になる。定期的な見直しで変動する情報を更新するだけでなく、各種調査診断でわかった、本当に工事を実施するべき時期や実施した工事金額や履歴、実際に工事検討をして気づいたマンション固有の情報を反映させて都度修正し、“長計”をあなたのマンションに合わせてオリジナリティを高めていくことが重要となる。
鮮度の維持とオリジナリティを高める仕組みを作ることで予実差が小さくなり、不安の低減や修繕工事ごとの合意形成にも役立つことになる。それが、見直すことで得られる価値になる。

オリジナリティとは、例えばこんなことだ。
仮設足場のコストが極めて大規模修繕工事の費用に占める割合は大きい。杓子定規に12年毎のサイクルで実施するとなれば、向こう60年間で5回の大規模修繕工事を行うことになる。もちろん、剥離や落下などの危険性を確かに診断することが条件となり、また外壁がタイルなのか、塗装なのかにもよっても異なるのだが、仮設足場を使わない部分補修をうまく組み入れ、また修繕で使う材料のグレードを上げるなどで、15年~18年のサイクルに設定替えは可能なケースもある。計算上は、60年間で3.3~4回で済むことになる。もちろん1回当たりの大規模修繕工事や部分補修工事のコストは追加されるが、回数が減ることによる削減効果は出てきやすい。

ある築50年超えのマンションでは、30年という“長計”は作らず、築70年までの20年間の“長計”にしたケースもある。築70年目に建替えるのか、更地一括売却にするのかの結論は後々の議論として、いずれにしても、築70年目に解体することを前提とし、最初の10年は、これから20年間住み続けられる最低限の工事計画を設定し、後半の10年で建物の解体費用の見合い分を修繕積立金としてプールする考え方で“長計”を設定したのだ。

古くなればなるほど改修工事の費用は大きく膨らむ。平均年齢80歳を超える年金生活者がほとんどのこのマンションでは、未来永劫30年間の“長計”を足し続け、修繕積立金を改定していくには難もある。世の中の生活様式は変化し、また少子高齢化が進行している中では、修繕工事を続けて住める環境を確保していたとしても築70年・80年の古い建物が中古市場で評価され、常に新しく次世代の所有者が入れ替わり入居し続けると思うのは、あまりにも楽観的だろう。住まう人の“持続可能性”はどこかで途絶えてしまってもおかしくはない。そんな意味合いで将来ビジョンを反映させてオリジナリティが発揮されたケースだ。

住民の高齢化と建物の老朽化に対する不安が高まってきた今だからこそ、“長計”をうまく使いこなすことは必須なのだ。
変化が加速する時代でも、原理原則を押さえ目的を見失わず活用すれば、管理組合にとって有意義なツールになるということだ。

明日から、あなたがとるべき行動とは?

まずは、今ある“長計”と資金計画を確認していただきたい。いつ修繕資金不足となるのか、最後に見直した時期はいつで、次の更新はいつ行うべきなのか、などがまず確認していただきたいポイントだ。
資金不足が直近で予測されているなら、修繕積立金を改訂しなければ資金は確保できない。しかし、“長計”の情報が古く実態と合っていないなら改定する根拠も薄れてしまう。

“長計”の見直しによって、何が原因で、どのようなことが起こっていて、将来どうなるのかを把握する。劣化状態・工事の時期、そして資金確保という切り口で、マンション全体で課題を共有していく。工事の優先順位などについて意見交換し、また修繕積立金の改定なども検討する。そして、マンションの価値を落とさず、住みやすい環境作りのための合意形成につなげていく。
“長計”を「正しく活用する」とは、そういうことなのではないだろうか。

この記事の執筆者

松島 亮太

一級建築施工管理技士、二級建築士、福祉住環境コーディネーター2級。2008年大和ライフネクスト株式会社入社。入社以来、技術部門にて新築・修繕工事を経験し、現在はマンション修繕コンサルタントとして管理組合サポートを行う傍ら、マーケティング業務などに従事。

松島 亮太

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