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2022.6.16

日本人にとって「マンション」とは何か?

マンションの法制度

高齢化社会

日本人にとって「マンション」とは何か?

本記事のタイトル──つかみどころのないテーマに思えるだろうが、現代のマンション問題を自由になぞり、考えていくには、良い切り口なのではないだろうかと考える。まずは、思いつくまま、筆を走らせてみたい。

昭和37年に区分所有法が制定された。もちろん、同法が制定される前から区分され所有する建物はあった。

四谷コーポラス(昭和31年竣工)・宮益坂ビルディング(昭和28年竣工)・同潤会アパート(大正末期からの複数が建設され、賃貸から後に居住者に払い下げ)など、これらは黎明期のマンションといわれる建物だ。

住宅不足の時代には、マンションは何度かのブームを経て大量に供給されていった。そこそこの立地でありながら、土地付きの戸建てと比較すれば安価でローンも付きやすい。昭和のサラリーマンにとって、「夢のマイホーム」を実現するのがマンションだったのだ。区分所有法は、そんなマンション取得者のために制定された。
 

戦後の日本人の暮らしを支えたのは「マンション」

とりあえず、マンション元年を同法が制定された年とするなら、マンションの歴史は60年程度と極めて浅い。

しかし、いまや日本の住宅のうちマンションが占める割合は、12.75%※1。東京都では27.72%※1と1/3近くを占める。国民の1割以上が居住する無視できない社会インフラであるということだ(※1:東京カンテイ2020年のマンション化率より)。

マンションが日本社会に及ぼす影響は極めて大きいことは間違いない。

マンションの歴史60年に対して、マンションの平均築年数はどれぐらいなのだろう。

国土交通省の分譲マンションストック戸数のグラフでは、区分所有法が制定された6年後の昭和43年からの供給戸数が積み上げられている。このデータから算出すると日本のマンション平均築年数の概数が見える。築25年が、今の日本のマンション平均年齢だ。そして、これからのトレンドは、今後、年間10万戸程度の新規マンションが供給されたとしても、すでに675万戸という膨大なストックボリュームがある以上、ほぼ毎年1歳ずつ平均築年数は上昇し続けることになる。

マンション居住者の多くが、人も建物も高経年を迎えたことによるさまざまな問題に頭を抱えている。同時に、少子高齢化の流れの中で次世代につなぎきれないという問題を抱えたマンションが増えていくことになる。

区分所有法ができて60年という節目に、日本のマンションのあり方について、将来的なビジョンをまじめに考えなくてはならない時が来ているのは確かだろう。

ちょうど、マンション管理適正化法が改正され、管理計画認定制度がスタートした。もちろん新制度には期待はしているものの、まだまだ解決への入り口を少しだけ示したという程度なのかもしれない。

国土交通省_分譲マンションストック戸数

国土交通省_分譲マンションストック戸数

「管理概念についての混乱」に対する指摘とは

60年前に制定された区分所有法は、民法の共有関係から派生させた法律といわれている。

民法の共有関係を対象とする行為は、変更(処分)行為・管理行為・保存行為の3つに分類される。簡単に区分所有法にあてはめると、以下の様になる。
①    “保存行為”は管理者である理事長が行う(もちろん、区分所有者でも可能)
②    “管理行為”は総会の普通決議で決める(過半数)
③    “変更行為”は総会の特別決議で決める(3/4以上)
④    敷地を売却するなどの“処分行為”は、全員同意

建替えは全員同意の難しさもあり、1983年の同法の改正で特別多数決議(4/5)と客観的要件があれば可能となった。また被災マンション法や改正マンション建替え等円滑化法により、全員同意でなくても敷地売却が可能なケースも生まれた。

しかし、これらの変遷自体を「管理概念についての混乱」と題して、特に「管理行為」と「変更行為」、「変更行為」と「処分行為」との境界は極めてあいまいであり、マンション法制の改正のたびにその領域は変化していると指摘している人もいる。※2

私が素朴に思うのは、これだけ複雑で調整や合意がそもそも難しい“共有物”であるマンションにおいて、区分所有法には変更処分・管理行為・保存行為の決め方のルールは示されているとはいえ、経験や知識に限界がある区分所有者が、マンションのあるべき姿を自ら考え目指していくことは、あまりにも大変過ぎるのではないかということだ。

日本の社会において、良いにつけ悪いにつけ、大きな影響力を持ってしまったマンション。そこを理解した上で“あるべき姿”を理解し、マンションの高経年化時代を迎えながらも自主性を持ち続ける意欲は、どこまで続くのだろうか。
 

法律では示されない“あるべき姿”

あまり社会的にも影響しないような共有物であるなら、最低限の物事の“決め方” (民法の共有関係を対象とする行為のルール)の提示で済ませておいても差し支えないだろう。あとは共有者である所有権者同士に任せたとしても、社会に悪影響を与える大きな問題にはなるとは考えにくい。

しかしながら、いつのまにか社会的に大きな影響を持ってしまったマンションは、あるべき管理の“あるべき姿”が法律で示されていかなければ、公共性への悪影響を与えかねない時代になったということなのだ。

「マンションとは、日本人にとって何か?」それは、“あるべき姿”が、法律で示されていないがゆえに、経験と知識のない多くの日本人を困らせる住まいである、といってしまうのは悲観的過ぎるだろうか?

法律ではないが、令和3年9月28日に国土交通省が発した「管理組合によるマンションの管理の適正化の推進に関する基本的な指針(マンション管理適正化指針)に関する事項」には、総論的であるにしろ“あるべき姿”は示されてはいる。しかし、これだけでは、実効性ある仕組みとはいえない。

そこで私は、管理組合の管理体制において、区分所有法とは異なる、“あるべき姿”を規定し、かつ実効性のある仕組みを備えた法制化となる「新しいマンション法」※2が必要であると最近思うようになった。もちろん、異論も多いと思うが、あくまでも個人の想いとして受け止めていただきたい。

※2:折田泰宏 (2022) 「マンションに未来はあるか」 『マンション学 第71号』 より
 

そこで問う「マンションとは、日本人にとって何か?」

例えば、マンションの建替えや敷地一括売却の“決め方”は、マンション建替え等円滑化法等にあるが、高経年マンションの出口戦略とはいえない。余剰の容積がたっぷり取れて収支が合うようでなければ、事業として建替えは現実的ではないからだ。

個人にとっては、ローンが組めるなら古いマンションを早々に転売し、別途、新築マンションに住み替える方が現実的な回避の仕方だろう。もちろん、この場合、区分所有者が入れ替わるだけで、マンションにとっては何の解決にはならない。

敷地一括売却では、建物を解体し地中深く埋め込んだ杭を抜く必要もある。郊外型や地方都市のマンションでは、解体費の方が土地の売却代金を上回り持ち出しになることも十分にあり得る。また、高経年マンションでは、所有者自体が70歳代・80歳代の高齢者であることも多いはず。そもそも、終の棲家を取り壊して売却するという議論は大変難しい。

修繕をし続け、例えば150年持たせましょうというチャレンジも、大変素晴らしいことで大賛成なのだが、一方で住まいへの価値観も、新しいソリューションも、10年程度のサイクルでどんどん変わっていく。そのために、維持だけでなく改良を加え続け、次世代が望む居住価値を確保することは容易ではない。かけるコストと得られる居住価値との見合いを考えると、どこかのタイミングで壁にぶつかってしまう気もする。

定期借地権マンションというのがある。

いわゆる、50年とかの期限付きの借地権をマンションの敷地権として、建設され分譲されたもので、借地権の期限が来たら延長はできず、マンションを解体し土地を地主に返却することをあらかじめ約束したマンションのことだ。

言い方を変えれば、最初から、地主との約定で、出口という“あるべき姿”が定められている。
50年目の解体に向け解体費用が引き渡し時から積み立てられているため、後は自分が住まう50年間の“居住価値”を真摯に追求すれば良い。

区分所有関係が終わる時があらかじめ決まっているとは、出口が明確ということだ。“決め方”ではなく50年後の“あるべき姿”が明確だからこそ、限られた時間の中で真摯に居住価値を追求できるのだ。

海外のマンション管理は、“決め方”ではなく“あるべき姿”とその実効性を定めているケースが多い。専門家による第三者管理方式・共用部分等を第三者が保有するケース(イギリスのフリーフォルダ)・運営のために専門家を採用義務としているケースなどだ。


「マンションとは、日本人にとって何か?」マンション管理の“あるべき姿”を規定し、かつ実効性のある仕組みを備えた法制化がないところでの混乱と悲観になってしまわないことを願う。
 

この記事の執筆者

丸山 肇

マンション管理士。株式会社リクルートにて住宅情報北海道版編集長、金融機関への転籍を経て、大和ライフネクスト入社。管理企画部長・東京支社長などを歴任。現在は、マンションみらい価値研究所にて、マンション元気ラボ主筆コラムニストとして活動。

丸山 肇