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2019.12.2

風評災害~台風第19号がもたらした新たなマンション災害~

防犯・防災

風評災害~台風第19号がもたらした新たなマンション災害~

1.風評災害の発生

 神奈川県川崎市武蔵小杉駅近くのタワーマンションが被災し、その風評被害ともいえるようなケースが見受けられる。類似の事例として熊本地震での被災マンションを思い出す。
 熊本地震では現地に赴き、倒壊したマンションの理事長に状況を伺ったことがある。理事長から「うちのマンションは、観光地になっている。立入禁止のロープを張っているが、昼夜を問わず報道関係者と観光客が押し寄せ、ロープをまたいで建物内に侵入する人もいる。倒壊の危険がある建物の中で写真撮影を繰り返す。二次災害が発生するのではないかと不安だ」と語っていた。当時のインターネット上ではこのマンションの写真があちこちで掲載されていた。また、ネット内にキーワードをいくつか入力し「どこ」と場所を尋ねると、マンションの実名から地図に至るまで詳細に表示される状況であった。
 当時、このマンションでは不動産会社が区分所有者を個別に訪問し、建物を購入する話を持ちかけるなどのことも起きた。区分所有者全員で合意形成をはかり、復興に向かわなければならないところ、転売等を目的とした業者が入ることで悪影響を及ぼすのではないかと危惧した区分所有者のひとりが、他の区分所有者に対して不動産会社には売却しないよう呼びかけた。
 その後、管理組合では敷地売却決議に向けた検討が進められた。この時にも風評被害を懸念する声が上がっている。マンションの敷地は一般的な戸建て用地と比較するとかなりの面積になる。個人が購入することは考えにくく、不動産会社が分譲地として購入するか、企業が倉庫等で購入するなどの用途が想定された。「企業は風評を気にする。倒壊したマンションの跡地ということを気にして買い手がつかないのではないか」等の意見もあったようだ。
 熊本地震から3年が経過し、建物はすでに解体されて存在していない。すでに報道されることもなくなっているが、それでもなお、インターネット上では容易に当時の状況を探し当てることができる。
 阪神淡路大震災、東日本大震災と関西圏、首都圏でも大地震を経験し、マンションにおける防災の考え方も徐々に浸透してきている。先進的なマンションでは防災マニュアルを策定し、避難訓練も定期的に行われるようになってきている。しかし、今までマンションの風評被害についての対策はとられて来なかった。今までの大災害、そして今回の台風第19号の災害により、マンションにも風評被害が起こりえることが顕在化してきた。まさに「風評災害」の発生である。
 この新しいカテゴリ「風評災害」に対してどのように備えるべきかを考察したい。

2.マンションにおける風評被害の負のサイクル

 ひとたび風評被害が発生するとマンションの価格が下落することが懸念されるばかりでなく、マンション復興のための合意形成にも影響を及ぼしかねない。
 中古マンションとしての価格の下落を懸念した区分所有者が早めに売却しようとする心理が働き、区分所有者の変更が多くなれば、被災時には所有していなかった区分所有者が増加することになる。被災時の区分所有者と被災後の区分所有者は復興に対する考え方も違ってくるであろう。
 また、投資用として所有していた区分所有者は賃料の下落に伴い、予定していた収益が得られないことになる。それらは管理費や修繕積立金の未収にもつながりかねない。管理費や修繕積立金の未収金が増加すれば、復興に要する費用にも影響を及ぼしかねない。
 さらに、東日本大震災の時に、福島県から他県に避難した中学生が避難先の学校で「いじめ」にあうなどの事例も報告されている。風評被害にあったマンションは、当然に近隣の住民には知られているであろうことから、子どもたちへの影響も懸念される。

表

3.マンション特有の風評被害

 武蔵小杉地区の風評被害は対岸の火事ではない。過去及び今回の心ないインターネット上の書き込みや誤解のある一部報道を見ていると、マンションならではの被害の実態も見えてくる。


①企業ブランドとの連動
 大手ディベロッパーは、自社の分譲するマンション名に「冠」をつける。A社の分譲するマンションは「A地名B」「A地名C」と言った形式である。
 今回被害を受けているマンションでは、インターネットの一部のサイトで実名は「A」だとされ、「A」だけがことさらに強調されていた。その書き込みに対して別のマンション居住者から「A」が全部被災しているわけではないという書き込みが続いている。おそらく近隣の「A」を冠に持つマンション居住者が自己防衛のために書き込んだものであろう。
 同様の事例として思い出されるのは、構造計算書偽造事件である。この事件の時には実際に偽造のあったマンションだけでなく、この偽造にかかわったディベロッパーの分譲するマンションは、耐震性に問題のないマンションや適切な改修を行ったマンションでも問題があるかのような風評被害を受け、マンション名を変更し、館銘板や呼称だけでなく登記簿まで変更した事例もある。
 一方で、分譲会社はそのブランド名を向上させようと莫大な広告宣伝費を使い、イメージ戦略を進めている。それが成功している間は、管理組合や区分所有者は自らの費用を使うことなくその恩恵を受けている。
 マンションは常に企業イメージと同一視されていることを認識しておきたい。

②賃貸マンションとの混同との連動
 マンションは分譲マンションと賃貸マンションに大別される。しかし、それはマンションに関係する者にとっての常識であるが、今も分譲と賃貸は混同されていることが今回の被災マンションの状況からも浮かび上がっている。
 全国ネットのテレビ報道でも「管理会社から被災後の生活に対する補償金の支払いに関する説明がなされなかった」と解説されていた。まるで管理会社が支払うべきものを支払わないという論調であった。賃貸マンションを所有する管理会社(不動産会社)と居住者(賃借人)の間であれば、賃貸借契約の内容次第では補償金等の話に及ぶことはあるだろう。しかし、管理組合が建物の管理を管理会社に委託する関係において原則としてそのような話にはならない。
 むしろ、被災後に簡易トイレや保存水を配布している管理組合の活動に賞賛の目が向けられるべきであろう。報道の中では「管理組合」という用語は聞こえてこない。管理組合が非常時に機能しているマンションは管理のよいマンションであるにも関わらずその反対の状況として報道されているようである。
 分譲マンションの管理の主体は管理組合であることなど、我々にとっての常識はまだ世の中の常識にはなっていないようである。

4.東日本大震災で調査・研究された風評被害

 マンションの風評被害にどのように対応していくか。
 東日本大震災では、福島第一原子力発電所事故の発生をうけた農産物や観光業へ風評被害が広がった。それらの被害に関する風評被害への対応策が調査・報告がされている。マンションと農産物、一見関係ないようではあるが、これらの調査・研究は、マンションの風評被害への対応にも応用できるものが多いと考える。例として観光庁の報告書を紹介したい。

過去に発生した海外と日本国内の観光分野への多大な影響を与えた災害の類型化およびその災害からの各国の観光分野における復興プロセス調査」報告書(平成24年3月観光庁)P12より引用

風評被害に備えた体制の整備

 「スマトラ島沖地震では、(中略)プーケットをはじめとしたタイの海岸部のリゾート地は、旅行先としての安全性を世界に発信することができなかった。そのため、タイの観光は風評被害により大きな影響を受けた。
 そこで、タイ国政府は、2005年に、我が国の日本政府観光局に当たるTAT(英文略)内に、災害の発生時に観光産業が壊滅的な打撃を受けることを未然に防ぐため、国内外の情報を収集・分析することを使命とする、TIC(英文略)を設立した。
 TICは、大規模災害が発生した場合、まず、災害等発生直後に、現地情報(災害等の状況、道路、空港等のインフラの状況等)を収集するとともに、海外での報道の様子や反応を確認し、収集した情報をもとに講じるべき対策を検討する。そして、TAT内の情報発信担当部門に、収集した情報及び現状分析の結果を伝達する。民間事業者やマスコミ等の外部への情報発信は、情報の混乱や誤りを防ぐために、TAT内では、同部門が一元的に行っている。
(中略)
 また、スマトラ島沖地震による被災後は、観光客等の安全確保対策に注力している。被災前は、災害発生時の対応について十分な準備をしていなかったが、被災後は、災害発生時に迅速に災害情報をホテル、飲食店、小売店などに伝達するネットワークを構築するとともに、各地で津波を想定した避難訓練が実施されている。また、災害時に外国人観光客の安全を確保するために、今後、通訳ボランティアの養成を実施することとしている。」

 これを、そのままマンションに読み替えてみよう。

 「これまでの災害で日本のマンションは風評被害により大きな影響を受けた。
 そこで、管理組合は理事会内に、災害の発生時に壊滅的な打撃を受けることを未然に防ぐため、管理組合内外の情報を収集・分析することを使命とする機関を設立した。
 理事会は、大規模災害が発生した場合、まず、災害等発生直後に、現地情報(災害等の状況、電気、水道、通信等のインフラの状況等)を収集するとともに、国内外での報道の様子や反応を確認し、収集した情報をもとに講じるべき対策を検討する。そして、理事会の情報発信担当部門に、収集した情報及び現状分析の結果を伝達する。民間事業者やマスコミ等の外部への情報発信は、情報の混乱や誤りを防ぐために、理事会内では、同部門が一元的に行う。
 また、被災後は、区分所有者、占有者の安全確保対策に注力する。被災前は、災害発生時の対応について十分な準備をしていなかったが、被災後は、災害発生時に迅速に災害情報を区分所有者、占有者などに伝達するネットワークを構築するとともに、避難訓練が実施されている。また、災害時に高齢者や外国人居住者の安全を確保するために、今後、ボランティアの募集、養成を実施することとしている」

 風評被害はその状況を正確に理解していない人が、面白おかしく情報を伝達することから発生する。発信者は部外者だけとは限らず、マンション内部から発信される可能性もある。風評災害対策には「正確な情報を世の中に対しても発信する」ことが必要であると考えられる。被災時の情報伝達は今まで、区分所有者、占有者に対する手段のみが検討されてきた管理組合も多いであろう。これからは、マスコミ等外部に対する情報発信も、一元管理して行う必要があると考える。

同報告書P.23より引用

風評被害の克服は欠かすことができない

 今回ヒアリングした地域は、いずれも我が国における災害としては今なお記憶に残るものであるが、実際にヒアリングを行ってみると、直接的な被害に加え、メディアによる風評被害にあっているケースが多く見られた。特に、雲仙普賢岳の場合は、被災から20年以上経過しているが、風評被害の影響を克服することが十分できないまま、観光客数は被災前の水準になかなか回復できない状況が続いている。
(中略)
 その意味では、2007年3月に発生した能登半島地震では、風評による観光客の減少を食い止めるため、石川県等は、被災後早い段階からプロモーション活動を開始したが、その際、地震、被災地という言葉を使わずにプロモーションを行うことで、風評被害の克服を図った。この手法は、感染症(SARS)に見舞われた香港のケースに酷似している。
 香港の場合は、安全宣言をWHOの協力のもとで行ったが、プロモーションビデオ作成に当たっては、SARS、被災地といった言葉は一切用いず、最新の香港を見せることに終始したビデオを作成した。
 また、5(.略)でも言及したが、輪島市では震災復興(風評被害払拭と輪島元気発信)に関連し、テレビ中継、映画撮影などを通じた情報発信に力を注ぐなど、今の現地を見せることで風評被害の払拭に努めた。
 こうした工夫は、今後類似の災害にあった場合の観光地の復興プロセスにおいて参考になるものと考えられる。」
 

 ひとたび風評被害が発生してしまった場合、その克服はどうするのか。この対応もそのまま管理組合に読み替えられる。復旧後は早い段階から安全であるマンションであることを宣言し、管理組合が一丸となって対応できていること、それらを積極的に世の中に発信することが必要となろう。

以上

この記事の執筆者

久保 依子

マンション管理士、株式会社リクルートコスモス(現株式会社コスモスイニシア)での新築マンション販売、不動産仲介業を経て、大和ライフネクストへ転籍。マンション事業本部事業推進部長として主にコンプライアンス部門を統括する傍ら、一般社団法人マンション管理業協会法制委員会委員を務める。

久保 依子

関連情報 参考文献

統計情報・白書(観光庁)

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