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2021.6.30

長期修繕計画に基づいて積立金の改定はされているか(事例研究)

長期修繕計画

長期修繕計画に基づいて積立金の改定はされているか(事例研究)

はじめに

 前回のレポートでは築40年のマンションがどのくらいの修繕工事費を支出しているかについて分析した。
 今回は、長期修繕計画と修繕工事費を対比し、次の内容について検討する。
 ①長期修繕計画に対して実際の工事はどの程度実施されているのか
 ②長期修繕計画の見直しにあわせて積立金は改定されているのか
 長期修繕計画は、1986年にマンション管理センターから「マンションの修繕積立金算出マニュアル(以下「マニュアル」と言う)」が公表された。その後、1993年に(株)リクルートコスモス(現(株)コスモスイニシア)が長期修繕計画に基づく修繕積立金を算定し販売、2008年(平成20年)には国土交通省から長期修繕計画ガイドライン(以下「長計ガイドライン」と言う)が公表されている。
 つまり、分譲当初から長期修繕計画を策定している管理組合は1993年以降のマンションということになる。ただし、この1993年代の分譲時の長期修繕計画を調査したところ、修繕周期は示されているものの、工事費用の金額の記載のないものも多かった。
 現在の長計ガイドラインの様式と類似の様式で計画を策定し、一般的に分譲されるようになったのは1997年代になってからのことである。今から約24年前に引き渡しがされたマンションである。
 今回はこの分譲時から長期修繕計画のあるマンションとしては最も古い1997年前後のマンションを8事例収集した。
 なお、いずれのマンションも分譲時から段階増額方式が採用されているが、比較しやすいよう均等方式を採用した場合を仮定してグラフを作成した。また、長期修繕計画の見直しは概ね1年から5年の間隔で行われているが、10年から12年目、17年から19年目、23年から25年目に見直しがされた計画を使用した。

グラフのみかた

事例

Aマンション
Aマンション

・第1回大規模修繕工事は13期に実施
・第2回目の大規模修繕工事は未実施
・12年目の見直し時、17年目の見直し時における工事費用が最大となる年に必要となる積立金は不足している
・23年目の見直しにより、工事金額が最大となる年が48年目になったため、17年目の見直し時より積立金の
必要額に向けた傾きは緩やかになっている
・20期に積立金を値上げし、不足傾向はやや改善されている

Bマンション
Bマンション

・第1回大規模修繕工事は13期に実施
・第2回目の大規模修繕工事は未実施
・15期に積立金の改定がされたが、19年目見直し時における工事費用が最大となる年(36年目)に必要となる積立金は不足している
・24年目の見直しにより、工事金額が最大となる年が39年目になったため、19年目の見直し時より積立金の必要額に向けた傾きは緩やかになっている

Cマンション
Cマンション

・第1回大規模修繕工事は12期に実施
・分譲時の計画より現在までの実際の工事実績金額が上回っている
・第2回目の大規模修繕工事は24年目に実施
・12年目、18年目、24年目のいずれの見直し時における工事費用が最大となる年に向けた積立金は不足している
・長期修繕計画の見直しはされているが積立金の改定がされていない

Dマンション
Dマンション

・第1回大規模修繕工事は12期に実施
・第2回目の大規模修繕工事は未実施
・12年目、18年目の見直し時における工事費用が最大となる年に向けての積立金は足りている
・積立金を減額することも可能の範囲であるが、減額はしていない
・積立金の改定実績はないが、一般会計から余剰金を繰入れ、積立金不足は生じていない

Eマンション
Eマンション

・第1回大規模修繕工事は12期に実施
・第2回目の大規模修繕工事は未実施
・11年目、19年目、25年目のいずれの見直し時においても工事費用が最大となる年は36期または37期であるが、積立金の値上げはされておらず、積立金不足は年を経過する毎に、より顕著になっている

Fマンション
Fマンション

・第1回大規模修繕工事は12期の見直し時にも計画されていたが、未実施のまま16期に実施されている
・第2回目の大規模修繕工事は未実施
・21期に積立金の値上げがされ、積立金不足は改善傾向にあるが、さらなる値上げが必要と考えられる

Gマンション
Gマンション

・第1回大規模修繕工事は12期に実施
・第2回目の大規模修繕工事は未実施であるが、19期、20期に設備系工事を実施
・24年目の見直し時に積立金を改定し、積立金不足は改善傾向にある

Hマンション
Hマンション

・第1回目の大規模修繕工事は、多くのマンションでは第2回目の大規模修繕工事時期となる23期に実施
・12年目、19年目の見直し時においても計画されているが未実施のままであった
・工事の後ろ倒しにより工事費用が最大となる年が後ろ倒しされているが積立金が改定されていないため、積立金不足は改善されていない
・19期以降、長期修繕計画の見直しはされていない

まとめ

①積立金の値上げがされない理由
 事例マンションは築24年から25年のマンションである。現段階から工事費用が最大となる年に向けて均等方式で積立金を積み立てようとする場合、現在の積立金のままであれば、事例8マンションのうちDマンションを除く7マンションで修繕工事費用が不足することになる。
 また、事例8マンションのうち、3マンションで工事費用が最大となる年までに必要な積立金の傾きが見直しの度に大きくなっている。この場合、積立金の改定を遅らせる程、値上げ幅が大きくなる。
 長期修繕計画は立案するばかりでなく、同時に積立金の資金計画も同時に作成する必要があることはいうまでもない。しかし長期修繕計画は見直しされても積立金の増額は決議されていないのが現状のようである。
 積立金の増額がされにくい理由として、修繕工事費用が最大となる年が長期修繕計画の見直し時から概ね20年先の将来の話であることがあげられる。また、大規模修繕工事を後ろ倒しすることにより工事費用が最大となる年が後ろ倒しされる。
 その結果、「20年も先の話でもあり、将来の修繕工事は後ろ倒しできるかもしれない。」という正常性バイアスの心理が積立金の値上げをしないとする行動に繋がっているのではないだろうか。
 建物診断の結果などにより後ろ倒しが可能な範囲であれば問題は生じにくいが、予防保全の観点からも著しく後ろ倒しすることは好ましくないだろう。
 長期修繕計画は、計画に対して適時、適切な時期に積立金に不足がないか、計画時期に修繕がされているのかも同時に検討しなけければ「絵に描いた餅」になってしまう。
 長期修繕計画を検討する際は、資金計画や修繕工事の内容についても総合的に検討する必要があろう。

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②均等方式の説明方法への警鐘
 均等方式は、「30年間、積立金の値上げがない計画」と言われることがあるが、事例マンションの長期修繕計画をみてもわかる通り、工事実績をもとに長期修繕計画を見直せば、必然的に将来に必要となる積立金の額は変わってくる。また、年を更新すれば工事費用が最大となる年が変わり、目標となる金額も変わってくる。つまり、均等方式でも途中で値上げが必要となる場合もある。均等方式を採用する場合でも区分所有者に対して「積立金の値上げはない」という誤解を生じさせないような説明をする必要がある。

③過去の修繕履歴も参考に
 中古マンションの販売時に重要事項説明書にて積立金残高の総額や過去の修繕履歴が開示される。マンションを購入しようとする方は、「積立金残高が多くある方がよい」という判断の他に、「修繕されているほうがよい」という判断軸も持っていただきたい。修繕すれば当然に積立金残高は少なくなる。例えば、Hマンションの場合、22期の積立金残高は約89,000千円であるが、この段階では大規模修繕工事は1度も行われていない。それに比べ、同じ戸数規模のGマンションは22期の積立金残高は約11,000千円であるが、1回の大規模修繕工事と設備系工事が完了している。どちらのマンションの方が総合的な資産価値が高いのかを判断する材料の一つになる。

以上

この記事の執筆者

久保 依子

マンション管理士、防災士。株式会社リクルートコスモス(現株式会社コスモスイニシア)での新築マンション販売、不動産仲介業を経て、大和ライフネクストへ転籍。マンション事業本部事業推進部長として主にコンプライアンス部門を統括する傍ら、一般社団法人マンション管理業協会業務法制委員会委員を務める。

久保 依子

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