2019.12.16
武蔵小杉のタワマン水害が教訓。マンションと水害を考える
防犯・防災
ここ最近、「10年に一度」「50年に一度」といわれるクラスの台風や大雨が増えている。
記憶に新しい台風15号と19号では、痛ましくも90名を超える方がお亡くなりになり、大雨がもたらした被害総額は2500億円ともいわれている。また、マンションに住む者にとって、武蔵小杉で起きたタワーマンション(以下、タワマン)の浸水被害は衝撃的だった。その事実を踏まえ、今回は都市の水害対策は万全なのか、そして、マンションは水害に対して強いといえるのかを検証してみたい。
武蔵小杉のタワマンの被害内容を要約すると、地下にあった電気設備などが水没し、マンション内に配電ができなくなってしまったというもの。マンションの一番のウィークポイントとは“高さ”にある。マンションは電力で機能しているわけだが、その電力の供給がストップすることによる影響で、真っ先に困難を想像するのがエレベーターだろう。タワマンの場合、地上40階前後のものも多く、階段を使った上り下りを考えるだけでも顔が青くなる。さらに、エレベーター設備が水没していた場合は改修工事も必要になるだろう。今回のケースでは、エントランスなどから流れ込んだ汚水や泥が、地下にある電気室を水没させたという。復旧は想像を絶するほど大変なはずだ。
また、電力でポンプを動かし最上階まで水を供給するという仕組みが、停電ともなると一発でノックアウト。手を洗うことはおろかトイレの使用もできない。エレベーターが使えず意を決し買いだしに出かけ、重たい水を運び込むという現実が、実際に起こっているのだ。
河川洪水ではない、“内水氾濫”というメカニズム
武蔵小杉の洪水のメカニズムは、多くの犠牲者を出した阿武隈川や新幹線を飲み込んだ千曲川の決壊のような、河川が堤防を越えて洪水になる外水氾濫(河川洪水)ではない。都市特有の排水システムが要因になる「内水氾濫」だ。
この地域の排水システムは、雨水と汚水を同じ下水道で河川などに流す合流式。降水量が余りにも多くなることで、汚水処理施設の能力や下水道の流量がボトルネックに。そして外水位が高くなり逆流現象(背水:バックウォーター)が生まれる。よって、下水道を逆流し街の中にあふれ出すのだ。もちろん、汚水や堆積していた汚泥が逆流するのだから、不衛生極まりない。
合流式は埋設する管が1本で済むため、過去は広く採用されてきたが、昭和45年に下水道法が改正され汚水と雨水を分離して流す分流式に変更された。昭和45年以前に市街地が形成されていた地域の多くは、分流式に更新はできてはいない。つまり、この「内水氾濫」のリスクのある合流式のままということになる。古くから発展してきた好立地ほど、地域の排水システムは合流式であることが多いのだ。
都市部で起こるゲリラ豪雨でも同様の理屈で、排水路や下水道が雨水を流しきれなくなり街の中に溢れ出すことがある。機械式駐車場の下段に留めた車が水没する、エレベーターの地下ピット内に水が入り込むなど、被害の大小こそあれ、タワマンでなくても一般的なマンションでも、毎年のように発生している水害なのだ。
あなたの自治体に、内水氾濫ハザードマップはある?
自治体などが提供している内水氾濫ハザードマップをじっくり見たことはあるだろうか。実は、川の氾濫に対応した「洪水ハザードマップ」はすでにほとんどの自治体で用意されてはいるものの、「内水氾濫ハザードマップ」は、全国すべての自治体で用意されてはいない。今回の水害を起点に国土交通省が、内水氾濫ハザードマップを作っていない市区町村にも作成を呼び掛けはじめたばかりだ。
水の都・大阪では「内水氾濫ハザードマップ」が用意されている。よく見てみると、近くに河川がないのに浸水リスクが指定されている地点も多い。内水氾濫で梅田界隈が0.5m~1mの浸水になると示されている。しかし、1kmほど北上した淀川流域界隈での浸水リスクは示されてはいない。河川が近くにないから安心と言っていられないのが「内水氾濫」の特徴なのだ。外水位が高くなり逆流現象が生まれる地形であれば、十分に発生してしまうのだ。
まずは、あなたの住む地域に「内水氾濫ハザードマップ」が用意されているかどうかを確認してみるべきだろう。
マンションを土嚢で守り切れるか
エントランスに水が入ってくる50センチ程度の浸水なら、「土嚢や防潮堤をマンションの開口部に設置して水を食い止めれば、何とかなりそう」と思う人もいるかもしれない。エントランスからの水の侵入を防止することを目的にするなら、それでよいのだろう。しかし、マンションの水没して欲しくない設備は敷地内や地下にある。機械式駐車場などがそれだ。敷地全体を土嚢で守るのは無理がある。また、地下室に設置されている電気設備、受水槽、エレベーターピット、消火設備などを守るためには土嚢作戦は甘いかもしれない。
水の流入ルートを考えてもらいたい。水が逆流してマンホールから噴き出し、マンションの周り全域が50センチの浸水深になるのだ。例えば機械式駐車場の地下ピットには、侵入した雨水を排水するためのポンプなどが設置されている。もちろん、ポンプから吐き出された雨水の行く先は、排水路や下水道になる。外の水位がピットよりも高ければポンプがいくら頑張っても排水はできない。また、逆流した水がマンホールから噴き出していることを考えれば、高い圧力で地下ピットに逆流してくることも想定できそうだ。
機械式駐車場に限らず、地下には、大概、ピットに水を溜め排水するシステムがあるが、そこから下水道などへの排水は、ほとんどが勾配による自然排出だ。内水氾濫時には、逆流した水がピット内に流れ込んできて溢れ、マンションの地下から水没していく可能性もある。
マンションだから水害に弱いのではない。何事も“備え”なのだ
マンションの排水管を逆流して地下ピットに水が逆流する可能性を述べると、戸建はどうなんだという話になる。もちろん原理は同じで、風呂の排水口から、トイレから水が逆流してくることになる。水害を受けた戸建ての復旧は、汚泥や水を掻き出し、水道水などで洗い流す。送風機などを付けて乾燥させ、床下には消石灰による殺菌消毒、消臭剤を配置することになる。
マンションの場合は、高さがある分、1階住戸以外は、戸建のような復旧は不要だが、電気設備がやられて館内が長期間の停電になってしまったら、武蔵小杉のタワマンと同じことになる。震災などによる停電と同じだが、マンションの地下にある水をかぶった設備を改修・更新するコストは馬鹿にならない。濡れたから壁紙を取り換えるというレベルの話ではないのだ。
「共用部分に火災保険をかける」ということは一般的だ。地震保険となると地域差も大きく、マンションだけの統計は保険会社でも持ち合わせていないと聞く。マンション管理会社が管理しているマンションでの統計で、すでに8割を超える管理組合に地震保険に加入していただいているという例もあるようだ。
一方、火災保険に付保できる水災保険の支払い基準が、「床上浸水」または「地盤面から45cmを超える浸水」という点もあると思われるが、保険加入しているケースは極めて少ないと聞く。マンションの場合は、「河川洪水ハザードマップ」だけでなく自治体でまだ用意され切れていない「内水氾濫ハザードマップ」が、“水災保険をかけ備える”かどうかの判断基準になるということになりそうだ。機械式駐車場の下段を使っている人も、水災で保険が下りる車両保険にするかどうかも判断しやすくなるわけだ。
マンションにおける水害対策は、大規模な河川洪水による人命を守るための対処も大切だが、生活の確保と経済的負担の抑制が肝心になる。そのためにも、判断基準とすべき「内水氾濫ハザードマップ」を日本全国のすべての自治体で、早期に作成することなのかもしれない。それが令和元年の台風被害の大きな教訓といえるだろう。
この記事の執筆者
丸山 肇
マンション管理士。株式会社リクルートにて住宅情報北海道版編集長、金融機関への転籍を経て、大和ライフネクスト入社。管理企画部長・東京支社長などを歴任。マンションみらい価値研究所にてコラムニストとして活動。