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2023.4.6

歳を取るとマンションに住んでいられない?

サステナビリティ

高齢化社会

福祉関係者のコメントから読み解く、高齢者に対する課題

「分譲マンションでは、居住する高齢者の生活が困窮していても、周囲からはなかなか分からない。戸建てだと、外から見れば何となく生活の状況が分かるが、マンションではそうもいかない」

「あるマンションに居住する高齢者の異変について、同じマンションに住む別の居住者より通報を受け赴いたが、管理員がオートロックを開けてくれず、何もできずに帰ることになってしまった」

行政の福祉部門の方や地域包括支援センターの方たちとお話していると、このような声がよく聞かれる。そしてこれらの言葉には、分譲マンションの管理会社は非協力的だというニュアンスが含まれていることがある。管理会社の立場としては、本人やご家族の了解が取れていないのに、ほいほいと鍵を空けてしまうことは安全管理の観点から難しく、依頼者からは冷たい対応に見えてしまう側面もあるだろう。

かと思えば、戸建て、アパート、賃貸マンションといった住居形態にはそれら特有となる地域課題があるはずで、解決の糸口も異なるのではないかと感じるが、分譲マンションは戸建てに比べ、高齢者や障がい者に福祉の手が届きにくいのは確かだ。そうした理由からも地域コミュニティとの関わり方について、住居形態ごとに考えなければならないだろう。

そもそも分譲マンションには地域データがない

「分譲マンション」──これほど一般的な住居形態であるのに、実はこんな驚くべきことがある。

地域のどこに分譲マンションが建っているのか、何世帯・何名ぐらいの居住者が住んでいるのか、高齢者の割合はどの程度か、などといった公的な統計データは存在しないのだ。

例えば、5年に1回行われる国勢調査がある。原則としてすべての日本国民が回答することになっているが、住居の形態において「戸建て住宅」や「共同住宅」といった分類はあるものの、「賃貸マンション」と「分譲マンション」の区別はされていない。大正時代から続く調査であるのでやむを得ない面もあるが、今は少なくなっている「長屋」はあるのに「分譲マンション」がないのは何ともお粗末ではないだろうか。

そこでマンションみらい価値研究所では、2019年から3年間、独立行政法人東京都健康長寿医療センターが厚生労働省の助成で実施した「独居認知症高齢者等が安全・安心な暮らしを送れる環境づくりのための研究」に参加した。

この調査研究では、地図データと民間の分譲マンションの取引データを掛け合わせて、分譲マンションなどの住居形態の基礎データを得ることをまず試みた。そこに、国勢調査のデータを掛け合わせて、個々の分譲マンションの居住者数や高齢者数などを割り当てる。ちなみにこれを、当研究所では「ハイブリッド評価法」と呼ぶことにした。

研究の成果として、個別の分譲マンションがどこに立地しているかが明らかになり、マンションごとの高齢化率や居住者数などの基礎データを得ることができた。また、ハイブリッド評価法の基礎データに行政の保有するデータを掛け合わせれば、住居形態別の地域課題を明らかにすることも可能となった。

当研究所の研究成果 (一部)

前述の厚生労働省の調査研究では、幸いにも東京都足立区の協力を得ることができ、足立区が実施した高齢者アンケートの結果や介護認定のデータを活用することができた。研究所で確立したハイブリッド評価法と足立区の行政データを掛け合わせることによって、町丁目単位でデータを集計し、人付き合いや地域との関わりと住居形態との関係、介護保険の認定率を分析し、明らかにすることができた。

住居の形態によって、介護認定率が異なっていたり、地域への信頼感に高低が見られるなど興味深い結果が得られたので、いくつかを紹介したい。

分譲マンションと賃貸マンションの多い地域では、要支援および要介護認定率が低下し、団地・寮・社宅が多い地域では、認定率が上昇する傾向がみられた。これらの住宅は、その多くが鉄筋コンクリート等の共同住宅であることを考えれば、認定率の傾向は同様となることも考えられるが、公営団地等では社会福祉の手が届きやすく、マンションには届きにくい構造があると推測できる。

表1 要支援および要介護認定率と居住形態の関係

表1 要支援および要介護認定率と居住形態の関係

戸建て住宅、アパートは似た傾向を示し、近所の人との付き合いや近所の人への信頼感など、地域との関わりが増加した。

分譲マンションと賃貸マンション、団地・寮・社宅は似た傾向を示し、それらの割合が高いと地域との関わりは減少する傾向がある。

戸建て住宅、アパート、事業所併用住宅の多い地域では、家族と居住する高齢者が多く、近所の人との付き合いも多い。一方、マンションや団地・寮・社宅が多い地域では、独居高齢者の割合が高く、地域との関係も希薄になる傾向がみられた。

表2は、足立区の2015年調査データと住居形態との関連をまとめたものである。

​​​​​​​●優位確率p値)5%で相関が認められる項目を矢印で示した。

表2 足立区の2015年調査データと住居形態との関連

表2 足立区の2015年調査データと住居形態との関連

今はそうではないが、かつては戸建ての自治会・町内会が行政サービスの対象であって、分譲マンションは対象ではないというような扱いもあった。公営住宅の担当者は「以前は分譲マンションが建つと、行政がサービスを提供する地域が減っていくと思っていた」「同じ共同住宅であっても、県営や都営の住宅は行政サービスの対象であって、分譲マンションは対象外だと思っていた」などと話していた。こうした感覚は、前述の調査研究の結果とも合致している。

法律の改正など近年の動き

近年、福祉の分野では、地域共生社会のアプローチや地域包括ケアの充実が叫ばれており、従来の地域コミュニティのあり方から見直し、さまざまな団体が連携して見守りや支援の取り組みを行うことに期待が寄せられている。

防災の分野でも、高齢者を含む災害時の要支援者への対策整備が行われてきている。2013年の災害対策基本法の改正では、災害時の要支援者名簿の作成を市町村が行うこととなった。同法の2021年5月の改正では、災害時の要支援者一人ひとりに個別の避難計画を作成することが市町村の努力義務に。この背景には、近年の巨大災害時の死者のうち65歳以上の高齢者が約6割を占めるという点が挙げられる。

例えば、2019年(令和元年)に発生した台風第19号では死者のうち約65%が、2020年(令和2年)の7月に発生した豪雨では死者のうち約79%が高齢者であった。

災害の発生時や発生直後には、公的な援助は限定的にならざるを得ない。過去の災害においても、避難の援助や救出の多くを担ったのは、家族や近所の方であった。やはり、共助に期待される面が大きい。

地域連携への期待

分譲マンションとは、個々の部屋を所有して住む共同住宅である。戦後、都市部への人口流入を背景に、住宅不足を補う手段として増加してきた。賃貸ではなく、所有することが好まれてきたのは、所有することが賃貸に比べて安定しており、日本人の感覚に合っているからともいわれる。

誰しも年齢を重ねることで、身体が思うように動かなくなったり、意思能力は低下していく。そうした加齢に伴うさまざまな課題について、現代の日本では、福祉やコミュニティの助けを経て、できる限り住み慣れた地域で暮らすことが目標となっている。

しかし、前述の結果だけを見れば、分譲マンションは、地域への信頼感がほかの住居形態と比べて薄く、介護認定が得られないなど社会福祉も届きにくい傾向があると考えられる。所有することで権利が安定していて、安心だと思われてきた分譲マンションが、高齢期の住まいに適していないとしたら悲しいことだと思う。

従来の地域での取り組みには、分譲マンションが考慮されていないことが多かったのではないだろうか。これは未だに、地域コミュニティの取り組みにおいて、分譲マンションの管理組合をどのように取り扱うかが曖昧であることが前提にある。

しかしながら、地域の共生や防災の共助が見直されている近年は、あらためて分譲マンションと地域との連携の必要性が高まっていると感じている。この機会に地域での課題解決が進み、分譲マンションを高齢者でも安心して住むことができる場所にするための施策の推進に期待したい。

この記事の執筆者

田中 昌樹

マンションみらい価値研究所研究員。一般社団法人マンション管理業協会出向中。現在は、マンションみらい価値研究所にて、防災・減災に関する統計データの活用や居住者の高齢化や災害の激甚化などの社会的な課題について、調査研究や解決策の検討を行っている。

田中 昌樹

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